水のなかの色

あいまいなものについて、考えごと。

冬と春のあいだの夜

3月の夜は好きです。

冬の香りが春の香りに移り変わるのを、夜はとりわけ感じる気がするのです。

冬の夜の香りといえば製氷機から取り出した氷のようで、見た目で例えれば擦りガラスのような感じがします。それが春に近づくにつれて、透き通ってきて、輝きだして、いろんな色に色づき始める気がするのです。

冬のすっとするような香りも好ましいのですが、春になってだんだん香りが色を変えるのは、冬の香りからまた遠ざかってしまう寂しさを超えるくらいうれしいのです。夏になるときも、秋になるときも、冬になるときも、いろいろと感じますが、こんなにうれしさばかり選び出したように感じる変化は春になるときくらいです。

今、冬と春のあいだの夜空は、青よりは緑に転じそうな濃い黒色の空に、白く発光する月のコントラストでこれでも十分素敵ですが、こんなに深くて静かな夜空にはやっぱり花の色と香りが欲しくなります。

花の香りが好きです。花を見るのはあまり好きではありません。花が生きていると感じてしまうと散るところが思い浮かんで怖くなります。香りだけで姿が見えないのなら、淡い色合いと柔らかな花びらと蜜の甘さだけ想像すればいいのです。

春になってどこからか花の香りがするようになると、夜空の色はもっと濃く、ベルベットみたいになって、見ただけで手ざわりがわかる感じがします。それが今から楽しみで、ベランダに出て花の香りがしてこないか確かめたりしています。

夜空も月の光も花の香りも、ひっそりとしているのが好きです。静かなひとりの夜みたいで好きです。